つかのま。

読書と日々考えたこと

Megan Whalen Turner『The Thief』(Queen's Thief 1)

英語多読を始めたきっかけの本、Queen's Thief(盗神伝)シリーズ。
多読をもっと進めてさらさら快適に読めるようになってから…と思っていたけれども、結局我慢できなくて読み始めていたら、ついつい最後まで読み進めてしまった。それぐらいの引き込まれてしまう、どんどん読み進めたくなるワクワクする作品。

地中海風の世界を舞台に繰り広げられる政治と策略、そこに絡み合う神話と信仰、そして愛。元々ギリシャ神話が好きなのもあって世界観が好きなのはもちろん、主人公を筆頭に個性豊かなキャラクター達とそのウィットに富んだ語り口、そしてあっとおどろく展開の数々。小学校の図書館で出会って以来大好きで、何年待っても原作4巻以降の邦訳が出ないのにやきもきしていた。

特にこの第一巻は、読書体験そのものが面白い。
以下、大量にネタバレを含むので、少しでもこれから本作を読む可能性がある人は以降の文章を読まないでください。
結末を知ってから読んでも相当面白いけれど、初見の感覚には何物にも代えがたいものがあると思っているので。
ぜひぜひこの作品がもっと読まれて、今からでも邦訳の続刊が出てほしいと思っています、よろしくお願いいたします、あかね書房さま、金原瑞人先生、宮坂宏美先生。



第一巻の読書体験のおもしろさをひきたてているのは、信用できない一人称による語りだと思う。
ディズニーでの映像化のニュースが2020年に出ていて、見たさはあるものの、正直映像化するとおもしろさがもったいないんじゃないかな…という感触がある。
eiga.com
(本当に映像化が実現するのかは分からない…バーティミアス、どうなった?アルテミス・ファウルは実現したけど見れていないし、ダレン・シャンは残念だった…)
この巻はずっと、主人公の一人称で語られる。ただし、この主人公は名乗りもしないので、その正体はなかなか明かされないことになる。
このやたら自信満々なのに投獄されている主人公は何者なのか?その目的は何なのか?それがわからないままに読み進めていくうちに、メイガスによって「どこで、なにを盗むか」も一切分からない冒険の旅に連れ出されることになる…。
主人公の語り口は軽妙で、この謎だらけの旅を飽きさせない。疲れた腹が空いたとすぐに文句を言い、乗馬はへたくそで、しかし地の文では同行者たちについてしっかり観察し、どうやらメイガス達が思っているだろうよりは強かでこれは何かがありそうだぞとワクワクさせられる。
この一人称の語りは、文章であることでよりその威力を発する。オーディブルは確認できていないのだけど、この作品を朗読しようとすると、主人公の地の文は普通に明瞭に、一方で主人公の台詞は口を半開きにしたり語頭のhを消失させたり語末をあやふやにしたりといった“育ちの悪さ”の演出をいれたくなる。主人公の発音に癖があるのは作中で同行者たちに指摘されることだが、文章で読む限りではそれらは表現されていない(はず…ネイティブ的に英語のニュアンスがあるとかだったらわからない)ので、言われるまでわからないのだ。もちろん、一人称の朗読でも地の文は台詞とはわけて普通に読むというのは当たり前にあり得ることではあるけども、この主人公の口半開きしゃべり自体がそもそも演技、というおもしろさは文章媒体が一番面白いと思う。
また、主人公は全部を語ってくれるわけではないので、後から「あのときくすねておいたナイフ」とかがポケットからばんばん出てくる。これも「あの場面でいつ盗ってたの!?」というおもしろみがあるわけだけど、映像でやるとなると実際に盗んでたはずのカットを挿入するか、使うシーンでちょっとわざとらしい台詞をいれるかしかないのでは?どちらにしても興ざめ感があるし、この「いつ盗ってたの!?」は最後の最後、ハミアテスの贈り物を実はメイガスから盗んでいました、というのが最高潮なので、なかなか難しいと思う(ハミアテスの贈り物を盗んでた場面については結構わざとらしいので初見で読んでても察しがつく気がするけど、初見の記憶がはるかかなたすぎて覚えていません)。
そして物語の最後、この一連の物語自体が、エウジェニデスが書き起こしたもの…という含みを含めた枠の提示で終わる。楽しい。


書評などを見るとひねりのあるプロットがよく褒められているようで、実際今回読み返していて、ストーリーの構成がしっかりしているのもおもしろさの秘訣だろうなぁと感じた。
物語の当初の表面的な目的である「ハミアテスの贈り物を手に入れる」が達成されるのが作品のちょうど50%付近だと気づいたときにはうなってしまった。謎の旅の間で高められたワクワクはここで最高潮の緊張の高まりを見せ、一旦解決を見せる。

が、しかしすぐにハミアテスの贈り物は彼の手を離れてしまい、そこからはとにかく最悪の方向に事態は転がり落ちていく。食糧はすっかりなくなり、アトリア兵に襲われて、ハミアテスの贈り物はメイガスの手どころか永遠に失われてしまう(と思わせられる)。その時のことがきっかけでかなりマシになっていたメイガスとの関係性も再び最悪になり、やけっぱちメイガスによって危険な空き巣・夜盗をさせられる(そこら辺のこそ泥ではなくエディスの女王の盗人なのに!)。この頃からとくに強調される「おれは人殺しじゃない」という態度も、2度目の襲撃の際に地に落とされることになる。そして重傷を負いながらついにアトリア兵につかまるし、その時裏ではアンビアデスの裏切りの発覚、ポルの死がある。そしてアトリアの砦で死の淵に瀕する…ここがどん底

その後、朦朧とする意識の中で神の方のエウジェニデスの声を聞いて再び動き出す。ここからがクライマックスのお楽しみ。物語の冒頭では王の牢獄から自力で脱出できなかったことを散々こすられてきたエウジェニデスは、自分どころかメイガスとソフォスをアトリアの牢獄から“盗んで”しまう。道も見失うような必死の逃避行…のように見せかけて、その実意図的にエディスにたどり着いてしまうのだ。そこからはこれまでの謎の答えが次々と明らかになるのがとにかく爽快。主人公エウジェニデスの正体、メイガスがハミアテスの贈り物なんていう神話の遺物ににこだわろうとした政治的理由。ソフォスが実はソウニス王の世継ぎだということをエウジェニデスが知らなかった場面がさらにひとひねりあって楽しい。


とにかくこの本は読んでて楽しかった。まるでテーマパークのアトラクションひとつのったかのような、そういう類いの楽しさがある本。娯楽としての読書の楽しみを感じられる本だと思う。同じような感覚を覚える本としては冲方丁の『十二人の死にたい子どもたち』なんかがある。
英語さえ読めれば最終巻まで、さらには短編集までたっぷり読める!本当に楽しい読書だった。



さて、多読としてはどうかというと。正直「読めた」というのはおこがましい程度の理解ではある。
この作品の邦訳はすでに4.5回読み返しているので内容をほぼ記憶しており、単語を拾うだけでストーリーは脳内で再生されてしまうから、理解してなくてもページをめくれてしまう。この調子だと邦訳されていない4巻以降はまた挫折してしまいそうな気配があり、やっぱり基礎力をつけないとな…と再確認したところ。
ただ、GRだけでなくページ数多めのYAを一冊通しで読んだのは役に立ったと思う。一応読み終えたという達成感はあるし、何度も何度も同じような単語が出てきやすいので、いくつかこの読書を通じて確かに意味が取れるようになったなという単語もある。“排水溝のゴミ”とかありとあらゆる表現での顔のしかめ方とかだけど…。冒険を通しての自然物の表現が多かったのも勉強になった。あとは馬具とか。なるほど多読を相当量していけば確かに語彙はある程度増えそうだな、と手応えを覚えられた。
それと、The Thiefはこれくらいの手応え、という目安がついたので、じゃああの本やあの本だと対象年齢も低いしもっと手軽に読めるのかな?とか、思ってたよりハリー・ポッターだって難しくないんじゃないか?と思えるようになった(lexile指数でいうと賢者の石の方が簡単らしい)。

これで、約20万語近くの多読をしたことになる。
効果としては、少なくとも大量の英文を目の前に提示されてもあまり拒否感を感じなくなった点があげられる。とりあえず読んでみよう、と目で追えるようになった感がある。The Thiefに比べたら全然文字数少ないじゃんと思える。
単語をかたまりとして理解して読めるようになってきた感じもする。実際、日本語で本を読むときには一文字一句詠んでいるかというと、単語は結構塊で視認して実質読んでない節がある。そんな読み方をしているので例えば「シクイルケ」を「シクルイケ」、「アテルイ」は「アルテイ」、「シェーラ」すら「シェラー」(!)みたいな読み方をしたまま数年数回同じ本を読んだりしていたわけで。それが英語学習的に良いか悪いかは別として、読書スピードは若干上がってきたと思う。フォニックスはもっとまじめにやった方が良かったかも知れない。

Queen's Thiefシリーズを全部読めば、だいたい60万語程度になるはず。少し難しくても楽しんで読めるのは多読としてありかな。好きなあの本もあの本も原作で読めるようになる確かな手応えとともに、多読を継続していきたい。