つかのま。

読書と日々考えたこと

ミヒャエル・エンデ『ジム・ボタンの機関車大旅行』『ジム・ボタンと13人の海賊』(エンデ全集)

「エンデ全集を読み返そう」企画第一弾、まずはやっぱりジム・ボタン。

おそらく読み返すのは前回全集を通読したとき以来で、つまりは10年以上ぶり。細かいところはかなり記憶が薄れていて、ハラハラドキドキしながら一気に読んでしまった。

『ジム・ボタン』は『はてしない物語』や『モモ』よりも対象年齢が低めな印象で、かなりサクサク読める。『機関車大旅行』と『13人の海賊』をあわせると700ページ近くあるのでボリュームとしては『はてしない物語』並なはずなんだけど、その重さを感じず勢いよく一気に読めてしまう。1章1章が短く、一つの問題がその章の間で解決するようなテンポの良さのおかげでもあるのかもしれない。それでいて最終的には全部が繋がって丸く収まるような流れで、お話がうますぎる…と感嘆していた(何目線??)。この1章1章の区切りの良さは、寝る前の読み聞かせなんかで1日1章ずつ読むのも良さそうだなと思った。ハラハラする場面は何カ所もあるんだけど、基本的には明るくて、読後感がすごくいい。読み終わった後に、明日はきっといい日になるなと思えるような物語。

『ジム・ボタン』の舞台かなりデフォルメされメルヘンチックながら、同じ世界上にはドイツ、インド、中国やアメリカが存在し、読者の手紙も届く地続きの世界だ。人魚や竜がいたりするし宝石みたいな木が立っていたりするけれど、機関車(感情があるし子どもが生まれたりもするが)も走るし電話もある。このファンタジーと"地続き感"のバランスが面白くて、かなり好み。同じようなバランス感覚を岡田淳作品に感じている節があるかもしれない。

キャラクターもみんな魅力的だ。悪役たちも含めておのおのの結末も明るくて、すごく前向きになれる。個人的な一番お気に入りはピン・ポン。各登場人物たちの物語をもっともっと読みたいなと思う感覚は『はてしない物語』の"別の物語"が気になってしまうのと同じ。

今回読み返してみて印象的だったのがトゥー・トゥーさんの話とネーポムクの話だった。こんなにストレートに差別と偏見の話だったのか、と。本当は普通の人どころか相当いい人なのに「見かけ巨人」が故に誤解されて孤独なトゥー・トゥーさん、本物の竜たちから疎外されているからこそ本物の竜のように振る舞おうとするネーポムク。このふたりがそれぞれ良い結末を迎えるのも嬉しい。

なお、『機関車大旅行』の解説には『13人の海賊』のネタバレががっつりしっかり書かれているので、万が一初見の人が読む場合は2巻まとめて読み終わってから解説を読もう!!私は久々すぎて『13人の海賊』の記憶を大分忘れていたのに、ここですべて思い出しました。「全集で読んでいる人間は初見な訳がない」という思想なんだろうか…。むしろ『13人の海賊』の方の解説にはストーリーの展開に踏み込む話はそれほど多くない。

解説で何度もリンドグレーンに触れられていて、読みたくなった。『長くつ下のピッピ』は多分小学生の頃に一度読んだ記憶があるんだけど、ここ数年『ミオよ、わたしのミオ』が気になる機会が何度かあったりして。いよいよ読まなければならない気がしている。最近出た岩波単行本の表紙が酒井駒子なんだよね。

解説内容についてかみ砕いたり言語化しておきたい気持ちもあったりするけれど、そのあたりは対談集系を読み進めたときにまとめて書くかな、というところ。せっかくラスト・トークつきをそろえたけれどラスト・トーク順には読まないからあとで読むのちょっと大変そうで、結局『ものがたりの余白』で確認する気がしている。

ペーター・ボカリウス『ミヒャエル・エンデ:物語の始まり』

先日、長崎出版版『影の縫製機』を図書館に借りに行ったとき、たまたま近くにあったので借りてきた。

ミヒャエル・エンデが『ジム・ボタン』で児童文学作家デビューするまでの前半生を、友人のペーター・ボカリウスがまとめた伝記。生き生きとした描写でこの本自体が物語のような感覚で読めた。

ボカリウスはジャーナリストであり、エンデの人生を追うだけでなく、その時々の取り巻く世界の様子を新聞の引用などで重ねていくのが印象的だった。そのおかげでより立体的にイメージできる。

エンデの幼少期の経験や触れてきた思想、描かれる人物像を見ていると、エンデ作品の雰囲気の背景に納得がいくようで面白い。あちこちで断片的に触れられていて情報としては知っていたことも多かったけど、こうやって一本の物語のように読むと整理がついてわかりやすい。人間だなぁ…と思うエピソード多数。

この本を読んで受けるエンデの印象は、『自由の牢獄』の各主人公たちみたいだな、と思ったりした。『自由の牢獄』が好きだからそう思うだけかもしれないけど。女性を不幸にしながらの"危機の時代"はシリルの面影を垣間見た気がしたりした。これからエンデ全集を読み返していくにあたって、より違う角度で読めるんだろうなと感じる。

エンデが影響をうけた思想や文学などについてもあれこれ触れられているので、できるだけ追っていきたい。読んだことがあるタイトルが出てくるとちょっとだけ嬉しくて、実績解除していきたいね。サルトルとか、読もう。

来年の夏にはミュンヘン中心にドイツ旅行に行こうと思っている。その時にもまた改めて読み直したい。

エンデ全集を全巻手に入れた

ついにこの時がやってきました、

エンデ全集全巻セットが私の本棚に並びました。

高校の図書館で出会って以来ずっとずっと欲しかったけど、金銭的なハードルだったり、本棚のスペースの問題だったり、ラスト・トーク付き全巻セットがネット中古市場に出回るタイミングだったり…といろいろ重なって10年くらい二の足を踏み続けていた。

でも、金銭的な問題は昇給もそこそこで余裕が出てきたし、去年は新しい本棚も買ったし。さすがにそろそろ買えるかな…と思い始めていたところで、最後の一押しをしてくれたのは『影の縫製機』とエンデ・キャンプだった。

クラファン期間中、エンデの話をたくさんしたくても手元に実物がないと自信を持てなくて。わざわざ図書館に確認しにいったりもしていて、手元に必要だな…と再確認。今年こそは絶対買おうと決心していた。

最後の極めつけはエンデ・キャンプ。この時までにエンデの復習をできる限りしたく、申し込みと同時に「日本の古本屋」をチェックしたらちょうど月報揃の全巻セットが出品されていて、即決したのだった。


今回の購入先は天地書房なんば店さん。丁寧な梱包かつ送料もかなり安くてとても助かりました。出荷も爆速でびっくりしたくらい。

エンデ全集が手元にあるおかげでかなり安心感が出てきた。気になったことはすぐ引ける。あとはまだ持っていない必要な関連書がいくつかあるので(『エンデの遺言』とか実は持っていない)そちらも優先的に買いつつ、単行本も買い揃えていきたい。

なお、1週間に1冊読んでもエンデ・キャンプまでに間に合わない計算である。

『影の縫製機』出版記念イベント参加レポート

5/18 ついに新装版『影の縫製機』発売!
発売を記念して、クラファンのリターンとして発売記念イベントが開催された。
「酒寄先生のお話が聞ける」ということでずっと楽しみしていたイベント。ものすごく楽しい時間だったので、簡単ながらその参加レポートです。

↓『影の縫製機』購入はこちらから↓
thousandsofbooks.jp


開催されたのは5/15(金)の夜。この日のために、いそいそとPC用マイクを新調したりしていた。
長崎出版版も手元に置いた状態でイベントに参加したかったのだが、なかなか所蔵の図書館に行くタイミングがなく。しかし当日になってどうしても諦められず、仕事を定時きっかりに終わらせて大急ぎで図書館に向かった。退勤ラッシュの交通渋滞にハマりまくり、閉館10分前に滑り込んだあげく結局イベントに3分ほど遅刻しました。

でも手元に置けて良かった。改訳箇所の確認などをしながら参加していました。

イベントはクラファン発起人アトリエ・ヤマグチのお二人の進行で、翻訳者の酒寄進一先生にインタビュー形式でお話を聞いていく流れ。
酒寄先生とエンデ作品の出会いや、先生が考えるエンデ作品の魅力、『影の縫製機』出版の裏話、翻訳のことなどをじっくり聞ける時間だった。

お話を聞いていて一番の感情は「嬉しい」だった。
大変おこがましいとは思うのですが、私がエンデ作品をひとりで読んでいて感じていたエンデの魅力や特徴みたいなものが、先生のお話とかなりぴったり合っているような気がして。ずっと、そうそう、そうなんですよね、とうなずきながら、カメラオフをいいことに小躍りしたり小さく拍手したりしながら聞いていた。もしかしたらこれまでに読んだいろんな訳者あとがきや解説からインプットしてた内容なだけかも知れないけれど、私はそういうエンデの読み方が好きなんです、ということを再認識したりしていた。

例えば、エンデの魅力。特に『モモ』は現代文明批判的な文脈で取り上げられることも多い作品だけど、エンデは懐古主義者ではない(これは本人もそう言っている)。現代社会を風刺しながらもあくまで視点は現代にあって、ファンタジーに逃避するのではなく、ファンタジーを内に抱えてより"豊か"に生きていくような物語。ポジティブな理想郷は過去ではなく未来にある。

それに、『モモ』は何よりまず"メルヒェンロマン"。啓蒙書ではなくメルヒェンなのだ。教訓的な部分はあれど、物語としてわくわくし、楽しい。エンデ作品にも若干説教くさいな…と思うようなものがあったりはするけれど、基本的には遊び心のある面白い作品なんだよ、と私は思っているし、そういう風に紹介するようにしている。

「神話とファンタジー」に関するお話の中で、「ドイツはローファンタジー的で、イギリスはハイファンタジー的な要素が強い」というのにも、おお、感覚は間違ってなかったんだ…とひとりで嬉しくなっていたりした。私はもともと英米児童文学の方を読んでいて、そこからドイツ文学の棚に流れてエンデと出会った。ドイツのファンタジーと英米文学のファンタジーって質感が違うよね、と個人的にずっと思っていて、それを言葉で説明されて納得。『モモ』と『はてしない物語』の間で明らかに意識が変わっている、というのも興味深かった。確かに。エンデの作品を出版時系列で確認したくなった。

翻訳に関するお話。
エンデのドイツ語文体は癖が強くなく、比較的するっと読みやすいらしい。ドイツ語の勉強を頑張れば問題なく読めそうな気がして安心しました(私は英語をどれだけ勉強しても例えばレイ・ブラッドベリを原文で読めるイメージがわかない…)。ただし、言葉遊び的な表現は多く、そういった要素の訳はやはり難しいのだとか。音読しながら訳していくことが多いそうで、リザ・テツナー『黒い兄弟』なんかは五〇〇頁も読み合わせながら訳したとのこと!『黒い兄弟』も読み返したくなってしまった。

酒寄先生の場合、翻訳をする際には作品ごとにテーマ曲を決めるそう。『影の縫製機』はパブロ・カザルスのチェロだったらしい。チェロのつややかな中低音が『影の縫製機』のイメージとぴったりハマった。本を読むときに音楽を合わせたりするのが好きながら、エンデについてはこれまであまりしっくりくるものがなかったのだけれど、なるほどチェロだな…と納得したのでした。

『影の縫製機』というタイトルについて。長崎出版版の出版以前は、日本の雑誌などでは『影のミシン』という邦題で紹介されることもあったけれど、酒寄先生が翻訳するにあたっては「縫製機」とすっと決めたそう。縫製機の動きをイメージさせたり、「影の」とのバランスだったり、画数の多い漢字であることの想起されるイメージだったり、様々な要素が合わさって、本当に素敵なタイトルだと思う。

この作品は「エンデの詩にシュレーダーが絵をつけた」という一方向的なものではなく、相互の影響がある共作。この二人の共演の中に三人目として入っていく感覚での翻訳だったとのこと。エンデの詩だけではなく、シュレーダーの絵とも併せての訳語選択のこだわりが興味深かった。今回の新装版はドイツ語原文も巻末についているから3人の共演の様をじっくり読み比べられる。


酒寄先生が翻訳に寄せる思いは、「異なるものとの出会いを皆さんに持ってもらいたい」。
海外文学に触れることは、(母語である)日本文学よりも一層、「知らないもの」に出会う可能性を秘めている。自分では考えてもいないような、思いがけないもとの出会いを通じて、自分の殻を破る・社会への窓となる。理解するまで辛抱はいるんだけど、でも頑張ったらそれに見合っただけのものを得られる、と。

このお話にも深くうなずいていたし、そうやって私たちの前に世界を広げて紹介してくださる翻訳というお仕事への感謝の思いを新たにした。私にとって、エンデもまさしく「知らないもの」にたくさん出会わせてくれる窓だ。エンデを読んでいると全然知らないことがいっぱい出てくるし、全然わからないことがたくさんある。それを一つでも理解したくて、私はずっとエンデと「格闘」している気持ちで読んでいたりする。まだひとりでは読めないから、翻訳の力を借りながら。


イベントの終わりには、酒寄先生の今後の出版予定のお話と、黒姫での「エンデ・キャンプ」の予告もあった。どれも楽しみ!エンデだけでなく、ドイツ文学をもっと広く知りたいとも思っているのでとても楽しみです。エンデと格闘するためにももっと知識を広げていかないとなとも常々思っているところ。

とにかく楽しく、あっという間の出版記念イベントだった。
次は是非黒姫に行きたい。まずは飛行機をとろう。

【放送大学】オンライン科目の視聴メモを自家製本した

放送大学のオンライン科目。印刷教材はないが、講義のスライド資料はPDFで用意されている。

このスライド資料を印刷してノートテイクしたい…のだが、枚数が多く、管理しきれないのが悩みだった。実際、学生時代のレジュメ類は捨てるに捨てにくく、かといって整理もできす死蔵してしまっている。

どうにか便利にまとめられないかなぁと思ってホットメルト式の簡易製本機が使える場所がないか探してみたが、見当たらず。放送大学の学習センターであったりしたら嬉しいんだけどな。それか琉大生協で外部の人間でも使えるのであれば…。アクセアなどのコピーサービス店舗でも欲しい。

そこで、今回は製本のりを使って平綴じ製本をやってみることにした。


まずは印刷。印刷教材のサイズと合わせてA5にしたく、A4に2ページ分印刷。コンビニではA5の紙が使えないのが惜しい。

この時、最初は製本じゃなくてノート貼り付けにしようかな…と思っていたせいで片面印刷してしまっており、袋とじ状態で枚数が多くなっている。1回分ずつ中綴じにしてから背固めするのが正解だったかもしれない。

背の部分にカッターで切れ込みを入れている。あんまり意味ないような気もしつつ、お祈りで。


表紙・裏表紙には厚手のレザック黒を使う。本当はコート紙とかのほうがそれっぽくなると思うけど、近場の文房具店では売っていなかった。

背の部分は製本テープで覆うので、表紙・裏表紙も一緒に糊付けする。手持ちの一番大きいクリップでかろうじて挟まった。


ダイソーの板とC型クランプで固定。クリップを小口側につけると一応自立して、作業しやすかった。


今回はこちらの製本のりを買ってみた。
SAIFUKU 製本のり 100ml(2660-0100) https://amzn.asia/d/0dxxdQHi
100mlから購入できて便利。

ただし、初めて使うので買ってはよくわからず。水で若干伸ばして使う…?気がするのだが分量もわからないし、とりあえず一回適当に塗りやすそうな粘度になるよう水を加えてみた。よくわからない。


塗り終わり。やはり背になにか貼った方がいいのでは…?と思い、寒冷紗も買ってみればよかったかな…と後悔し始める。多分意味はないけどなんとなくティッシュを貼ってみた。多分いらない。


そのまま丸一日放置して、背に製本テープを貼れば完成。結構それっぽくなったのではないでしょうか。


うまくのりが塗れていない部分があり、袋とじの片方だけ分離しているところがちょこちょこあった。印刷とのりの扱いが課題だけど、結構いい感じ。

今のところ、自家製平綴じ製本が一番綺麗に資料を整理できそう。他の科目でも試してみてもっとうまくいくやり方を模索したい。

ミヒャエル・エンデ(詩)ビネッテ・シュレーダー(絵)『影の縫製機』(新装版)

影の縫製機

影の縫製機

Amazon
以前何度かクラファン応援の記事を書いていたエンデ『影の縫製機』の新装版がついに発売!
クラファンのリターンとして一足早く手元に届いてたのでした。
旧版と比べてみたかったのでしばらく経ってしまいましたが、なかなか旧版のある図書館に行くタイミングがなく…一足先に新装版だけで書きます。
おいおい借りてこられたら比較して追記するかも。

※2026/05/24:長崎出版版との比較部分を追記しました。

↓クラファンの時のブログ
tsukanoma.hatenablog.jp

オリジナルのドイツ語装丁を可能な限り再現したという素敵な装丁。
函まで布張り!高級感がすごい。

少しだけ背が函から飛び出しているのですが、これも原書と同じ仕様だそう。

本文の紙も特殊紙。うっすらグレー?緑?で、作品の少し薄暗い神秘的な雰囲気を深めている。

そしてこの新装版の一番嬉しいところはドイツ語原文が巻末についているところ…!
届いて真っ先に見ました、特に俳句を。
ドイツ語はまだ勉強中で辞書を引きながらどうにかこうにか…多少は…という程度なんだけど、それでも訳詩と原詩を眺めているとわくわくするし、エンデの書いたそのままの言葉に触れられるのが嬉しい。

さらに、今回は書き下ろしの訳者あとがきもある。その中でも、詩を訳することの複雑さに触れられている。この訳者あとがきも踏まえて原詩と訳詩を見比べられるのは本当に贅沢。最高、ドイツ語も頑張ります…。

長崎出版版も図書館から借りてきたので、どこが変わっているかをチェックしてみた。

改訳箇所があるのは以下の詩。(見落としがあったらごめんなさい)

  • 本当の林檎
  • 小さな小人
  • 綱渡り
  • 独楽

ドイツ語原文がついているから、どういう意図で改訳したんだろう?と見比べられるのも醍醐味。リズム優先なのか、意味優先なのか?
訳というか表現の変更で、「綱渡り」では「なにもかけずに」→「な に も か け ず に」という変更があった。何だろう?と思って原詩をみてみたら、該当箇所は「n i c h t s」となっていた。このスペースの有無だけで、「どう読むのか」は結構変わってくる。原詩の表現に触れられて、それに近い訳になっているのに気づいて、とても嬉しかった。

小さい変更点としては、各詩タイトルの横や下に読み仮名が振られていたのが、全部上のふりがなに統一されている。
地味に読みやすくていいのと、「小さな小人」はフォントが小さくてふりがな振れず括弧がきになってしまっていたのが、こちらもフォントサイズを少し上げてふりがなに統一されていた。旧版の目を近づけないと読めないような表現も好きだったけど、読みやすさは新版かな。

今回初めてクラファンに参加してみて、Xでもクラファンを通じてたくさんのエンデ好きの方の思いに触れられた。人生で一番なくらいエンデの話もできて、本当にものすごく楽しかったし、もっと深くエンデを読みたいなと思える機会だった。今年こそはエンデ全集を手元にそろえようと計画を立てつつ、今年の夏に黒姫で開催される「エンデキャンプ」にも参加したいなと思っているところです。

まずはクラファン特典の発売記念イベント!酒寄進一先生のお話も聞けるとのこと。とても楽しみです。

佐藤謙三・小林弘邦(訳)『義経記』(平凡社ライブラリー)/角川書店(編)『おくのほそ道』(ビギナーズ・クラシックス)

先日の平泉旅行↓のおともに読んでいた2冊をまとめて記録。
tsukanoma.hatenablog.jp

佐藤謙三・小林弘邦(訳)『義経記』(平凡社ライブラリー)

『義経記』の現代語訳版。
原文に忠実を心がけた訳なので現代の小説感覚で読むには多少読みにくさはあるが、訳注や補足、意訳、異本からの挿入など「より深く物語を楽しむ」工夫が豊富で楽しく読めたしとても勉強になった。


なんだかんだ『義経記』を通しで読むのははじめて。
・判官贔屓気味
・義経がめちゃくちゃかっこよく書かれている
・弁慶の物語に触れたいならコレ
…くらいのイメージで読み始めた。

実際、『義経記』の義経はめちゃくちゃかっこいい。読んでいてつい恥ずかしくなるほど(?)見た目がよくて賢くて戦につよく、人望もすごい。

ここまでくるとちょっとやりすぎ…というほどなのに、読み進めていると人間らしさを覚えてくる。
一番印象的だったのは巻七「あらち山のこと」で、奥方に地名の由来を説明する場面。いかにも本当らしいことを言ったら弁慶に「それは違う」と突っ込まれて、弁慶が正しい由来を披露したら「義経もそうだと知っていた」と笑うところ。

北国落ち中の山中という極限に近い状況にもかかわらず、冗談めかすようなやりとりに衝撃を受けた。『義経記』は『平家物語』で語られるような源平合戦での華々しい活躍はほとんど描写せず、メインはその後の逃避行だ。その後に待ち受ける結末も全部知っているから、この先は悲劇になっていくはずなんだ…と身構えてしまうのに、作中の義経一行は時に冗談を言ったりコミカルな雰囲気になったり、暗さの中にひとときの明るさ・楽しさがある。それに思わずクスッとしてしまうたびに、この先の展開が思い起こされて引き戻される。

読む前と読んだ後では弁慶のイメージもかなり変わった。「めちゃくちゃ強い忠義の荒法師」みたいなイメージだったけど、知の部分もかなりあるし、冗談を言ったりうっかりしたりもある。こちらも、義経同様読むほどに人間らしさを感じて好きになっていった。

次は古文で読んでみたい。小学館の日本古典文学全集が全文、放送大学経由のジャパンナレッジで読めることに今更気づいた。やった~!ジャパンナレッジもどんどん活用していきたい。

角川書店(編)『おくのほそ道』(ビギナーズ・クラシックス)

古文・現代語訳・解説がセットになっていて読みやすい。

源平旅もどきをちょいちょいやる人間として、松尾芭蕉には勝手にちょっとした親近感を持っていた。木曽義仲が好きだし…。
しかし、『おくのほそ道』は国語の授業でいくつかの部分を読んだ程度で、通読したことがなかった。今回通読してみたら、ますます芭蕉への勝手な親近感が増してしまった。

この本では「旅の最大の目的地は平泉と言って過言ではない」と解説されている。ちょうど東京から平泉に向かう旅程で読んでいたので、ここでまず1ポイント。
道中訪れる名所/名跡ではそれぞれの由来や想起される古典知識なんかを惜しみなくつかって堀深める。私にはそんな素養はないが、憧れの姿ではありさらに加点。
私もこんな旅がしてみたいなと思ったり。芭蕉の他の作品も読みたくなった。

こちらの本も解説が充実していて、さらっと読めるのに勉強になった。Kindleで読めるのがこれだから…くらいの理由で選んだのだけど、かなりよかった。他のビギナーズ・クラシックスシリーズも読んでみたい。