初日:いざ黒姫へ
長野旅行2日目。いよいよエンデキャンプ参加のため黒姫へ向かう。
ちょっと天気が悪いなぁ、と思いながら改札を通った…その時。
「北しなの線は運休です」
…!?
なんと、乗る予定だった黒姫行きの電車が大雨のため運休になってしまったのだった。
優雅に時間つぶしせず、早めの電車タクシーで行くべきだったのか!?と軽くパニックになっているところで、エンデキャンプの実行委員の方々と黒姫高原ホテルのお計らいでホテルの送迎バスで直接黒姫童話館まで行けることになった。一安心。

本当は童話館の喫茶「時間どろぼう」でお昼を食べるつもりだったのが、予定変わって長野駅でポムの樹へ。沖縄にはないですからね。

そして、無事に黒姫童話館に到着!着く頃には雨も止んでいた。
いよいよエンデキャンプのプログラム開始。
思っていたよりも参加者が多く、かなり緊張。
アウリンを模した名札にはイベント中にやりたいこと・テーマを書くことになった。
私が書いたのは『ファンタージエンへのお散歩』。これは『ファンタージエン:愚者の王』の訳者あとがきで著者キンケルがこの作品を「ファンタージエンへの遠足」と表現したことを念頭に置いていて、エンデの作品を読みつつ、ちょっと創作もできたらいいな、とそんな感じで選んだ。
自己紹介はモモの円形劇場をモチーフにした広場にて。初参加の方、何度か参加してる方、エンデはあまり詳しくないという方からエンデをテーマに卒論を書いてる方まで!各地から様々な参加者が集まっていて楽しみになる。子どもたちもたくさん参加していて微笑ましかった。
初日は自己紹介のあと、さっそく黒姫童話館の館内散策へ。10年前の記憶とあまり変わってなくて懐かしかった。展示を見ながら、今回はコレアンダー氏の古書店の絵に書いてある文字を全部メモろう、と心に誓う。
エンデキャンプ中の宿泊は童話館からほど近い黒姫高原ホテル。初日の夜はバーベキューとスウェーデントーチを囲んでの懇親会があった。

スウェーデントーチの会場、ちょっとだけエトガー・エンデの絵の雰囲気がある(?)父子展図録の表紙になってる椅子の絵…
バーベキューの場では色々とお話できて、ようやくちょっとずつ緊張が解けてきた。話すのが苦手なので泊まり込みのイベントはとにかく不安だったのだが、どうにかなりそう…と思い始める。バーベキューに参加されていた酒寄先生ともお話できてうれしかった。今回参加できたのは『影の縫製機』クラファンのおかげであり、クラファンを知ったのは酒寄先生のXをフォローしていたおかげなのです。
スウェーデントーチでは、エンデの作品一節を披露し合うミニ朗読会。
何を読もうかずっと迷っていたんだけど、最終的にはメモ箱の「愛読者への四四の問い」から、「ゲーテが親しく呼びかけた月と、あの二人の宇宙飛行士が歩きまわった、泥や埃から成る塊は同じ一つの天体でしょうか?」を選んだ。
「四四の問い」について考えるの自体が好きなのと、その中でもこの問いは結構印象的で。私は親が理科教員だったのもあって科学的な方向性での宇宙へのロマンも抱えており、詩的に表現される月と「泥や埃からなる塊」が同じ天体であることにより一層のロマンを感じていたりするのだった。エンデとはちょっと意見が違うかもなと思っている問いの一つ。
2日目:森とエンデを知る日
明くる2日目。
黒姫高原ホテルの朝食で1日が始まる。普段はビジネスホテル素泊まりばかりなのでこんなにしっかりゆっくり朝ごはんを食べるのはレア。この席でもたくさんお話もできた。
この日のプログラムはまずは黒姫童話館そばの森の散策から。

足元が不確かめな人間なので(旅行3日目でそこそこ足腰ダメージも蓄積しつつあるし…)ちょっと心配だったけど、歩きやすく整備された森で気にしすぎず歩けた。


鉄分たっぷりの川の水を飲んでみたり、冷たい水に足を浸してみたり、葉っぱを食べたり、嗅いだり、どんぐり笛が鳴らなかったり。ガイドの方に案内されながら普段はできないような体験がたくさんできた。
森の散策のあとは自由時間ということで、童話館の文学資料室へ。展示されている以外の所蔵資料も閲覧させていただけるとのことで、まずは所蔵リストをチェック。
今回は、直前に全集読み直しで『夢のボロ市』を読んでいたので、『夢のボロ市』に収録されていない手書きの楽譜がないかな?というのが仮の探索目標だった。ドイツ語がまだまだなので大概の資料は読めないが、楽譜なら読めるから…というのもある。結論、この目標は達成できなかったのだが、関連して面白い資料を見つけたのでそれはまた後ほど紹介します。
おいしいお弁当を食べたあとは酒寄進一先生の公開講座『ドイツ・ファンタジーの系譜 〜エンデへ、そしてエンデから〜』。
ドイツ語ファンタジー文学の流れのなかでエンデをとらえるという内容で、大学時代に1科目だけとっていたドイツ文学の授業とも重なるところがあった。エンデを起点に色々とドイツ文学をもっと読みたい。
戦後のドイツ文学について『自分たちは何だったのか』という反省から始まった、というのが印象的だった。その流れでプロイスラーが戦争の喪失感と紐付けて紹介されていて、なんとなく自分のなかでつながった感じがした。プロイスラーもたくさん読んでいるわけでも最近読み返したわけでもないから本当になんとなくなんだけど、『クラバート』を読んだときのあのなんともいえない手応えが。
"喪失感"と聞いて私がエンデ作品で真っ先に思い出したのは「遠い旅路の目的地」や「道しるべの伝説」などで描かれる"郷愁"だった。私はこの"郷愁"になぜだか惹かれて『自由の牢獄』が好きだったりする。それ以外の作品でも時々出てくるテーマだという印象があるから"郷愁"を軸に整理してみるのも面白いかもしれない、とふと思った。
イギリスはハイファンタジー傾向、ドイツはローファンタジー傾向、という話の流れを受けて、エンデ作品における(ファンタジー的な異世界への)"越境"についての質疑応答も印象的だった。内だったものが外になり、外だったものが内になり…ともはや内外を問うのがナンセンス、という感覚なのではないか。とのこと。「道しるべの伝説」を踏まえての質疑だったけど、「遠い旅路の目的地」でシリルが探したから目的地があるのだ、という話や、『はてしない物語』での無限の入れ子構造なども思い出していた。
講演会のあとには、エンデキャンプのプログラムとしては「暴風雨ごっこ」が予定されていたが、私はここには参加せず、他数名の方と一緒にエンデの音声資料を見せていただいた。エンデの肉声インタビューや朗読に日本語字幕が付いたもので、子どもたちの質問に答えるときの楽しそうな声や、自作を朗読するときのリズム感が知れた。エンデ自身の理想の原点は「市井の語り部が語り継げる」ような物語なのだろうから、その声での朗読を聞けたのはとても良かった。
そしてこの日のうちに、童話館土産として本3冊と『童話の森通信』を購入。


ドイツ語版『モモ』は確実にあるだろうから買うつもりだったけど、それ以外にもドイツ語版の絵本も結構あった。どれを買おうか迷ったあげく、『魔法の学校』を選択。いろんな話がまとまっていて一番お得だからです。ロドリゴ〜は前々から買おうと思っていて買いそびれてたので、この機会に。
『童話の森通信』には童話館に所蔵されているエンデ資料のリストがある。エンデのオタクは絶対買おう。
この日の夕食もホテルで。

普段はビジネスホテル素泊まりばかりなので(以下略)
宿泊中どの食事も量もたっぷりで美味しくて、部屋も広くて、久々に豪華な旅行をしたなぁ、という感があります。
夕食の後はバーで交流、の予定だったが、急遽、エンデ研究者の石田喜敬先生のもとにお邪魔してお話を聞く機会をいただけることになった。参加者の中にエンデを題材に卒論を書いている方がいらっしゃり、石田先生への相談について行かせてもらえることになったのだ。
お邪魔にならないように聞いているだけ…のつもりだったが、楽しくてついつい色々と口を挟んでしまった。邪魔になっていなければ良いのですが…。ちょうど直前に『ものがたりの余白』で読んだな、と思う話があったり。『はてしない物語』と「遠い旅路の目的地」「道しるべの伝説」の関係性についてだったり。このあと久々に『ファンタージエン』を読み返したいなと思っているので、その時にまた書くかも。繋がってくる話なので。
お話をしたあと、「理想郷」の話も少ししたりして。とても良い夜だった。
バーに行くには眠すぎて、その日はそのまま眠ってしまった。黒姫高原ホテル、設備の各所の名称が北欧神話由来だったのでそれも楽しかったしクラブ「フリッガ」行きたかったのですが…。
3日目:持ち帰るもの
あっという間に3日目。
この日もホテルでゆったりと朝食。
この日は自由時間からスタートした。私は文学資料室へ。前日に見つけたとある資料のメモをできるだけ取るためだった。
見つけた資料というのは『夢のボロ市』の楽譜。
とは言っても当初の目的だった『夢のボロ市』未収録の手稿譜ではなく、エンデ宛に送られてきた日本人作曲家の作品だった。
三輪眞弘 ハープとコンピューターのための『夢のガラクタ市』(1990)
まずは日本人作曲家がエンデ作品にインスピレーションを受けて曲を作っていたんだ!というのが一つの発見、そしてまさかの「ハープとコンピューターのための」で驚き。
1990年の初演(ハープ:長澤真澄)に際して、エンデ宛に確認のメールを送っていたようで、そのメールと添付の楽譜が資料として残っていたのだった。
その後調べた限りでは何度か再演されていて、CD『赤ずきんちゃん伴奏器』に録音が収録されてもいるとのこと。知らなかった。
メールによると、ハープ奏者がハープを弾きながら、歌い、フットスイッチでコンピューターを操作するらしい。どんな曲なんだ…?添付されていた楽譜からは細かいところまでは読み取れず、実際に演奏が聴いてみたくなった。
エンデ自身が関わったメディアミックスというわけではないが、このメール資料が黒姫にあって、無事に楽曲が発表されているということは、エンデは許可を出したのだろう。エンデはどういう気持ちだったんだろう?と思いを馳せながらメロディの一節だけを書き写した。
お昼前には参加者同士の1 on 1で語らう時間が設けられていた。
私もお話したいとひそかに思っていた方とペアを組ませていただき、じっくりとお話ができた。
今回のエンデキャンプはどちらかというとエンデ作品は『モモ』『はてしない物語』が好きで、という方が多く、私はせっせと『自由の牢獄』『鏡のなかの鏡』などそれ以外の作品の面白さを布教する人になっていたのだが、ペアになってくださったのは『ジム・ボタン』が好きで『自由の牢獄』『鏡のなかの鏡』も読んだことがある、という方。
普段なかなか周囲にエンデを読んでいる人がおらず、ましてや『モモ』『はてしない物語』"以外"となると全然話ができなかったので、あんなにたくさん話せて嬉しかったです。エンデ以外の児童文学のお話も色々とできた。
お昼のあとは、ホールに集まって3日間の体験をシェアする会。
感想はもちろん、見つけた詩の朗読をする人や、自作の物語や歌を歌う人など、思い思いの形で発表された。
私は『夢のガラクタ市』の一節を鼻歌で歌った。実際の演奏はどういう風だったのかはわからないが、他者の解釈を通じてエンデに触れるのもいいな、と思えた。
高校の図書館でエンデ全集を読んでいた私は、大学受験の志望校探しの時にドイツ文学を専攻することも考えていた。
しかし全集を読んでいたが故に、「エンデを研究するのってどうなんだろう」と尻込みしてしまった。だってエンデも「カフカが言わんとしていることが、評論家たちが言うようなことなら、なぜカフカは最初からそう書かなかったのですか?」みたいなことを言っているし…。
そんなこんなで変に萎縮してしまった私はドイツ文学を選ばず、あえて解説書の類も読まずにここまで一人でエンデを読んできた。児童文学作家としてだけ語られるのにも、啓蒙思想家のように語られるのも、スピリチュアルな方向に引きずられすぎるのも、なんだかちょっとなぁと思ったりして変に身構えて。私はエンデのフォロワーになりたいのでも、エンデを私のグルにしたいのでもなかった。
しかし今回、いろんなバックグラウンドを持つ方とエンデの話をしてみて、当たり前なんだけど「自由に読んでいいんだな」と思えた。私がしたかったのは「エンデとの対話」だったのだと。エンデはもう亡くなっているから直接的には無理なんだけど、作品や対談集を通してそれがしたくてずっと読んできたのだった。でもひとりで読むだけではなく、いろんな人と話してみることで、より「対話」につながるのだと感じた。
そして名残惜しくもエンデキャンプのプログラムは終わり、黒姫駅までの送迎バスを待つ時間が少しだけあった。
その隙に、私は再びエンデの展示室へ。初日にやり残していた「コレアンダー氏の古書店の絵の書名を写す」をやり遂げるため。今回は目的を絞っていたので集中してかなり写せた。小さい手書き文字で読みにくい部分もあるのだが、酒寄先生の講座も踏まえると類推で読める名前が増えたりしていた。日本語だと『源氏物語』や『宮沢賢治』の文字があるのだが、今回地味に気がついたこととしては『鏡のなかの鏡』が原題の"Spiegel im Spiegel"とは別であるな、ということと、テーブルの上に『エンデ〇〇』と書かれた本があること。『エンデ全集』…?でも日本語版全集の出版って96年からだしな、ちょっと謎が深まったりした。
ひと通り写し終わった頃には、もうバスが出る時間だった。
さよなら、黒姫童話館!
また行きます!





























