つかのま。

読書と日々考えたこと

『影の縫製機』出版記念イベント参加レポート

5/18 ついに新装版『影の縫製機』発売!
発売を記念して、クラファンのリターンとして発売記念イベントが開催された。
「酒寄先生のお話が聞ける」ということでずっと楽しみしていたイベント。ものすごく楽しい時間だったので、簡単ながらその参加レポートです。

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開催されたのは5/15(金)の夜。この日のために、いそいそとPC用マイクを新調したりしていた。
長崎出版版も手元に置いた状態でイベントに参加したかったのだが、なかなか所蔵の図書館に行くタイミングがなく。しかし当日になってどうしても諦められず、仕事を定時きっかりに終わらせて大急ぎで図書館に向かった。退勤ラッシュの交通渋滞にハマりまくり、閉館10分前に滑り込んだあげく結局イベントに3分ほど遅刻しました。

でも手元に置けて良かった。改訳箇所の確認などをしながら参加していました。

イベントはクラファン発起人アトリエ・ヤマグチのお二人の進行で、翻訳者の酒寄進一先生にインタビュー形式でお話を聞いていく流れ。
酒寄先生とエンデ作品の出会いや、先生が考えるエンデ作品の魅力、『影の縫製機』出版の裏話、翻訳のことなどをじっくり聞ける時間だった。

お話を聞いていて一番の感情は「嬉しい」だった。
大変おこがましいとは思うのですが、私がエンデ作品をひとりで読んでいて感じていたエンデの魅力や特徴みたいなものが、先生のお話とかなりぴったり合っているような気がして。ずっと、そうそう、そうなんですよね、とうなずきながら、カメラオフをいいことに小躍りしたり小さく拍手したりしながら聞いていた。もしかしたらこれまでに読んだいろんな訳者あとがきや解説からインプットしてた内容なだけかも知れないけれど、私はそういうエンデの読み方が好きなんです、ということを再認識したりしていた。

例えば、エンデの魅力。特に『モモ』は現代文明批判的な文脈で取り上げられることも多い作品だけど、エンデは懐古主義者ではない(これは本人もそう言っている)。現代社会を風刺しながらもあくまで視点は現代にあって、ファンタジーに逃避するのではなく、ファンタジーを内に抱えてより"豊か"に生きていくような物語。ポジティブな理想郷は過去ではなく未来にある。

それに、『モモ』は何よりまず"メルヒェンロマン"。啓蒙書ではなくメルヒェンなのだ。教訓的な部分はあれど、物語としてわくわくし、楽しい。エンデ作品にも若干説教くさいな…と思うようなものがあったりはするけれど、基本的には遊び心のある面白い作品なんだよ、と私は思っているし、そういう風に紹介するようにしている。

「神話とファンタジー」に関するお話の中で、「ドイツはローファンタジー的で、イギリスはハイファンタジー的な要素が強い」というのにも、おお、感覚は間違ってなかったんだ…とひとりで嬉しくなっていたりした。私はもともと英米児童文学の方を読んでいて、そこからドイツ文学の棚に流れてエンデと出会った。ドイツのファンタジーと英米文学のファンタジーって質感が違うよね、と個人的にずっと思っていて、それを言葉で説明されて納得。『モモ』と『はてしない物語』の間で明らかに意識が変わっている、というのも興味深かった。確かに。エンデの作品を出版時系列で確認したくなった。

翻訳に関するお話。
エンデのドイツ語文体は癖が強くなく、比較的するっと読みやすいらしい。ドイツ語の勉強を頑張れば問題なく読めそうな気がして安心しました(私は英語をどれだけ勉強しても例えばレイ・ブラッドベリを原文で読めるイメージがわかない…)。ただし、言葉遊び的な表現は多く、そういった要素の訳はやはり難しいのだとか。音読しながら訳していくことが多いそうで、リザ・テツナー『黒い兄弟』なんかは五〇〇頁も読み合わせながら訳したとのこと!『黒い兄弟』も読み返したくなってしまった。

酒寄先生の場合、翻訳をする際には作品ごとにテーマ曲を決めるそう。『影の縫製機』はパブロ・カザルスのチェロだったらしい。チェロのつややかな中低音が『影の縫製機』のイメージとぴったりハマった。本を読むときに音楽を合わせたりするのが好きながら、エンデについてはこれまであまりしっくりくるものがなかったのだけれど、なるほどチェロだな…と納得したのでした。

『影の縫製機』というタイトルについて。長崎出版版の出版以前は、日本の雑誌などでは『影のミシン』という邦題で紹介されることもあったけれど、酒寄先生が翻訳するにあたっては「縫製機」とすっと決めたそう。縫製機の動きをイメージさせたり、「影の」とのバランスだったり、画数の多い漢字であることの想起されるイメージだったり、様々な要素が合わさって、本当に素敵なタイトルだと思う。

この作品は「エンデの詩にシュレーダーが絵をつけた」という一方向的なものではなく、相互の影響がある共作。この二人の共演の中に三人目として入っていく感覚での翻訳だったとのこと。エンデの詩だけではなく、シュレーダーの絵とも併せての訳語選択のこだわりが興味深かった。今回の新装版はドイツ語原文も巻末についているから3人の共演の様をじっくり読み比べられる。


酒寄先生が翻訳に寄せる思いは、「異なるものとの出会いを皆さんに持ってもらいたい」。
海外文学に触れることは、(母語である)日本文学よりも一層、「知らないもの」に出会う可能性を秘めている。自分では考えてもいないような、思いがけないもとの出会いを通じて、自分の殻を破る・社会への窓となる。理解するまで辛抱はいるんだけど、でも頑張ったらそれに見合っただけのものを得られる、と。

このお話にも深くうなずいていたし、そうやって私たちの前に世界を広げて紹介してくださる翻訳というお仕事への感謝の思いを新たにした。私にとって、エンデもまさしく「知らないもの」にたくさん出会わせてくれる窓だ。エンデを読んでいると全然知らないことがいっぱい出てくるし、全然わからないことがたくさんある。それを一つでも理解したくて、私はずっとエンデと「格闘」している気持ちで読んでいたりする。まだひとりでは読めないから、翻訳の力を借りながら。


イベントの終わりには、酒寄先生の今後の出版予定のお話と、黒姫での「エンデ・キャンプ」の予告もあった。どれも楽しみ!エンデだけでなく、ドイツ文学をもっと広く知りたいとも思っているのでとても楽しみです。エンデと格闘するためにももっと知識を広げていかないとなとも常々思っているところ。

とにかく楽しく、あっという間の出版記念イベントだった。
次は是非黒姫に行きたい。まずは飛行機をとろう。