つかのま。

読書と日々考えたこと

【平泉・一関旅行:2泊3日】芭蕉と義経記の平泉健脚旅

今週のお題「旅の計画」

4月16〜18日にかけて、2泊3日で岩手の平泉町・一関市エリアを旅行した。

今回のメイン目的地は平泉。ちょこちょこしている源平旅の一環としてもいつか一度は行きたいと思っていた。たまたま母を連れてどこか旅行に行きたいねとなり、タイミング的に東北なら桜が咲いているかも?ということでこの機会に行くことにした。

ここ最近は仕事がドタバタ気味であり、あまり旅程立案に時間をかけられず…大都市以外の場所に旅行に行くのは一歩間違えると詰むぞ、というこれまでの田舎旅の記憶を抱えつつ、まぁ、平泉は世界遺産で観光地としても整備されてるはずだし…どうにかなるはず!と、直前までほぼ何も準備しなかった。宿と飛行機と新幹線予約するくらいしか準備せずに行ったけど、まぁどうにかなりました。


沖縄から岩手への直行の航空便はなく、1日1往復の仙台便か、東京からの新幹線になる。最初はせっかくだし仙台便にしようかなと思っていたのだが、時間が合わせにくいのと費用も高かったので断念。今回は羽田→東京駅から新幹線で一関まで行くルートにした。

実は新幹線にはほぼ乗ったことがなかった。唯一、10年以上前に岡山に行った際に神戸までの区間だけ乗ったことがあるが、それだけ。一瞬だったしどうやって乗車券を買うのかも覚えてなくて、今回調べながら買った。前回香川→徳島移動の特急券購入もそうだったけど、WEBの事前決済できるのは安心感があっていい。券売機や窓口で買おうとすると絶対にキョドるので…。はじめての長時間の新幹線ということで、駅弁を買って新幹線内で食べるというのも今回の目標にした。

沖縄から東京までの飛行機+東京駅までの移動+一関までの新幹線…で移動予定時間は約6時間。今回は2泊3日の旅程だが、移動で往復それぞれ一日はほぼ潰れる計算。実質観光できるのは1日。ものすごくもったいない気がするし一関・平泉以外でも行きたい周辺エリアはいくつかあったんだけど、仕事のバタバタでこれ以上休みを長く取るのも難しく、今回はとにかく「平泉を悔いなく回り切る」のを第一とした。


出発当日。朝できるだけはやくの飛行機で羽田へ。そこから東京駅までは特にトラブルもなくスムーズに行ったものの、東京駅はやっぱり人!人!人!モノレールから東北新幹線の乗り場までは比較的近かったのに、その一瞬でだいぶぐったりしてしまった。全日程で一番疲れたのは正直ここ。

無事駅弁も購入。できるだけ土地のものを食べたく、一関の斎藤松月堂のお弁当を。行きは「平泉うにごはん」。

うにたっぷり!味はあっさりめでおいしかったです。

今回の旅のお供本は平凡社ライブラリーの『義経記』とビギナーズ・クラシックスの『おくのほそ道』。どちらもKindle版。本当は事前に読んで行きたかったんだけど、時間がなくて行きの飛行機から読み始めた。行きの飛行機の中で『おくのほそ道』はだいぶ読み進んで、平泉を過ぎて日本海側に方角を変えたあたりまで。


『平家物語』の中で一番木曾義仲が好きなので勝手に松尾芭蕉には親しみを覚えていたが、なんだかんだ『おくのほそ道』を通しで全部読むのは初めてだった。江戸から平泉を目指して北上していく流れは自分の旅程とも重なって、いい経験だった。芭蕉が目をつけるものや旅のスタイルがなんだか似ている気もして、勝手な親近感があがっていった。駅弁、深川めしでもアリだったかもなとうっすら思った。

新幹線では『義経記』を読み進めていた。平凡社ライブラリーの『義経記』は現代語訳版だけど、訳注の解説がたくさん載っていて読み応えがあった。『平家物語』などの他の軍記系、『吾妻鏡』などの史書・歴史的記録類との比較が便利で、ただ『義経記』を通して読むだけでなく、義経がいかに伝説的に語られるようになっていったのか、というのにも思いを馳せられた。


そんなこんなで気持ちを高めている間に、新幹線はあっという間に一関に到着。これまで到達したことのある日本最北の地は水戸だったので、かなり一気に北上記録を更新した。

駅前は思っていたよりも静か。2日目の夕食を駅前でとる予定だったので、いい感じの店があるか一抹の不安にかられる。


今回のホテルは「蔵ホテル一関」。チェックインして、少し休憩してからそのままホテルの食事処で夕食にした。
牛タンとおでん、そして宿泊者サービスのハーフサイズそば。どれもおいしかったです。


食後は腹ごなしがてらに少し散歩をした。徒歩10分程度の釣山公園で桜のライトアップをしている…らしい、との情報を得ていたので、具体的な情報は得られていないまま繰り出した。

結論、ライトアップはされていた…のだが、おそらく桜は結構散ってしまっていて、暗闇の小高い丘の公園で提灯をたよりに歩き回るのみになってしまった。人がポツポツとしかいなかったので、見るべき場所があっていたのかもよくわからない。今年は桜が早く散ってしまっていたのでそのせいなのだと思う。ちょっと残念。宿に早めに帰って、もらった観光パンフレットをもとに平泉を回るルートを突貫で組み立てた。


二日目の朝食はコンビニでさっとすませて、中尊寺の有料施設がオープンする8時半にあわせて平泉駅へ。


平泉駅からはタクシーで中尊寺の金色堂近くの駐車場まで一気に向かう。これが大正解で、金色堂に一番乗りできた。
境内には桜やモクレンや椿が咲いていて綺麗だった。


竹林や杉並木、立派な柳の木なんかも、沖縄ではなかなかこんなに見ない。沖縄では半袖でも暑くてクーラーを入れているのに岩手では暖房がきいていたのもあって、ずいぶん北に来たのだなぁと異国情緒のようなものを感じていた。


金色堂は撮影不可なので覆堂だけ。

誰もいない覆堂のなかは静かで、荘厳な雰囲気に包まれていた。お香のかおり。金色堂を眺めて、このなかには今も藤原4代が眠っているのだなと思うと時の不思議を思うようだった。奥州藤原氏が確かにこの地で生き、源義経もこの町に来て、この同じ場所に松尾芭蕉も来たのだなぁ。


降り残してや光堂。


中尊寺の本堂や讃衡蔵を見学。
讃衡蔵では北畠顕家の写した『中尊寺建立供養願文』も展示されていた。逃げ若や大河太平記で顕家にも思いを馳せていたところにまさか本人の文字を間近で見ることになるとは思ってなくてびっくり。顕家もここにいたんだなぁ。ちなみに横には顕家表紙の逃げ若14巻が展示されていた。




月見坂をくだりながらいくつかのお堂を巡る。
いくつかの場所では積石があった。
文化財として手厚く保護されつつ、その本質である信仰心もまだまだ生きているのだなぁと思うのだった。



でもやっぱり観光地でもあった。弁慶もち、もちもちくるみ味でおいしかったです。中尊寺の図録も買いました。このあと図録を抱えて一日中歩き倒すことになる。

本当は金色堂近くの休憩処「かんざん亭」でがんづきというものを食べてみたかったんだけど、オープン時間と合わなくて断念。


月見坂をくだりきって、次は弁慶の墓。道の真ん中なのにちょっとわかりにくくて一回素通りしてしまった。


卯の花清水。『義経記』予習が間に合ってなくまだ兼房は登場してなかったのがおしい。



さらに歩いてたどり着いたのは高舘義経堂。北上川と衣川の交わるあたりを見渡しながら、思いを馳せる。

ひと通り見終わるとちょうど11時を過ぎたあたりになっていたので、昼食の場所へ向かう。場所は『夢乃風』。まだ11時台なので空いていてすぐにはいれてよかった。


私は盛りだし式のわんこそばとお餅3種のセットを、母ははっと汁を。

このお餅が甘すぎずもちもちでおいしかった。旅行中に食べたずんだ系の食べ物のなかで一番おいしかったのはここのずんだ餅。
おそばも飽きずに味変しながらぺろりと食べてしまった。旅行中に食事を気にしないために常日頃の食生活はできるだけ健康的に慎ましやかに。
餅の味はあんこ、ずんだ、くるみ。本当はじゅうね(えごま)も気になってたんだけどさすがに多いかと思って手が出せず。ほかのところでも食べる機会がなくてちょっと惜しい。

腹ごしらえを済ませたら毛越寺へ向かう…前に平泉文化遺産センターへ。本当は多分観光の最初に行ったほうがいい施設だった。世界遺産を中心に平泉の歴史や文化遺産がコンパクトに解説されている施設だった。


さらに歩いて観自在王院跡。先に文化遺産センターで勉強しておいたおかげでここがどういう場所なのかを頭に入れながら見れてよかった。



そしていよいよ毛越寺。曲水の宴も気になるなぁ。でもここ短くない!?こんな短時間で一首捻らねばならない…?曲水の宴、過酷な戦いだったのかもしれない。

毛越寺をひと通り見終わったら、今度は平泉駅の方角へ。次は平泉世界遺産ガイダンスセンター・柳之御所資料館を目指す。

こちらの資料館は奥州藤原氏の歴史や政の話が中心という印象だった。中尊寺であったら欲しいなと思っていた紺紙金銀交書経の写本セットがこちらの売店にあって、つい買ってしまった。

ここまで歩き通しだったのでさすがに母が限界に。母はすぐ隣の道の駅で休憩していてもらって、ひとりで残り少しを回ることに。



柳之御所史跡公園。
日が傾きかけ、人は一人もいない。そんななかでほぼ野っぱら状態の公園に立つと、「兵どもが夢の跡」をひときわ感じる。
今回の平泉旅行で一番、行って良かったなぁと思う場所だったかもしれない。


無量光院跡にも足を伸ばした。こちらにはそれなりに観光客がいた。


私も道の駅に戻り、平泉黄金ぷりんでおやつ。たまごの味が濃厚でおいしかったです。帰りは道の駅から巡回バスるんるんの最終便で平泉駅まで戻った。るんるんで全部まわれたらよかったんだろうけど微妙に使い勝手が悪くて、まぁ結果として歩いて正解だったかなと思います。歩くのは結構好き、体力ないけど。

ひと通りまわれて大満足!予定では17時くらいまでかかるかなと思っていたけど、結構じっくりめに見たのに16時には全部回り終えられた。

その後は電車で一関に戻って夕ごはん。駅前でいい感じのお店がないかなと思っていたけど入りやすそうなお店は見つけられず。結局、少し離れたところにある定食屋「お散歩亭」を見つけてそちらでホルモン野菜炒めを食べた。

ホッとするお味。観光旅行に行くとどうしても"いつもと違う"ようなものを食べてしまうけど、こういう定食も落ち着いてよい。

この日はさらに、ホテルの宿泊客限定のバーにも入った。サービスでビール/ワイン/リンゴジュースなどが1杯無料。

サービスでビールを飲みつつ、岩手産日本酒の飲み比べセットを頼んだ。おつまみに山椒を練り込んだチーズも。

日本酒の飲み比べは初めて。一番お気に入りだったのは「七福神」でした。さっぱり飲める感じ。

この日はさすがに歩きすぎでかなり疲れ果ててしまったが、思う存分行きたいところに行けたので大満足だった。

2万6千歩歩いていたらしい。
平泉は一日、ほぼ徒歩でまわれます。


翌日の朝はホテルのビュッフェで朝食。盛岡冷麺もあった。

帰りの新幹線は昼前なので、少しだけ余裕がある。

散歩で一関八幡神社へ。田村神社の方にはたどり着けなかった。釣山公園、難しい…。


まだ時間があったので、旧沼田家武家住宅へ。
解説ボランティアの方がいらっしゃって色々と説明していただいた。小さい庭があって素敵ね〜と言っていたら「実際は畑だったが、観光資源として整備する時に庭を作ったようで…」とのことだった。家の作りも農家っぽいところがあるそうで(土間の配置とか)、なかなか面白かった。

そのうちチェックアウトの時間が迫ってきたので宿に戻る。道中亀の子せんべいの本社前の自販機があってがんづきもメニューにあったが、売り切れていた。これでがんづき2敗してしまい、心残りである。アガラサーみたいな感じなのかな…?食べたかった。

ぱぱっとチェックアウトしたら一ノ関駅でお土産と帰りの駅弁を購入。帰りはこれ。


こうしてあっという間に旅行は終わってしまった。
平泉以外でもっと行きたかった場所はあったし、結構タイトな旅だったけど、平泉はとにかく回りきれたなと思う。

帰ってきた直後、東北・北海道で津波警報が出たり、大槌町の山火事のニュースを見たりした。沖縄からすると遠い地のことだけど、一度その地を踏むだけで、つながりを覚えるものだった。

『義経記』と『おくのほそ道』を立て続けに読むと、同じ地名・名称が出てくることがある。義経の時代から芭蕉の時代ですでに約500年も経っているのに、同じ場所がある。そして芭蕉からさらに300年経った私が今、同じ場所を見ている。義経→芭蕉より芭蕉→現在のほうが期間が短いというのもなんだか変な感じだけど、何もかもが変わってしまったような世界で、変わらずにあるものも山ほどあるのだと実感できるような旅だった。