ふと久しぶりに斉藤洋が読みたいな…という漠然とした気持ちになって、図書館の棚をぼんやり見ていたときに見つけた本。
あらすじから想像していたのとはだいぶ違う話の展開、そしてなんとも言えない読後感。ちょっと衝撃的だったのでブログに書いておきたい。
斉藤洋作品自体がものすごく久しぶりだった。小学生の頃好きでよく読んでいたのだが、最後に読んだのはおそらく小学校高学年の頃に『ジーク』を何回か読み返していたくらいじゃなかろうか(ちなみに今回も『ジークⅡ』があり、懐かしくて読もうかと思ったのだが、1巻がなかったので諦めてしまった)。そんなもんで「斉藤洋ってこういう作風だったっけ…!?」と読後感に途方に暮れしまったが、冷静に考えるとジークもこんなだったような気もしてきた。
まず、あらすじや挿絵の感じから、「原始的な世界観で少年が冒険したり『森で起きた謎』を解いたりして成長していく話」かな、とぼんやり読み進めた。
10以上の数や「家族」の概念があやふやな描写や名前・言語の扱いなどが凝っていて好きだな…と思っているうちに、主人公「青とんぼとおどる」は他の人にはできない「嘘を付く」力を表す。やがて「ティゲルファル」と呼ばれるようになった少年は嘘に嘘を重ねていってしまう…。我々は内心「嘘を付くのはいけないことだ」と思いながら読むから、ティゲルファルが嘘を付くたびに、いつか大きな破綻が来るのではないかとヒヤヒヤしてしまう。
しかし、ティゲルファルの嘘はどんどん深刻さをましながらも、結局大きな問題にはならずに最終章にたどり着いてしまう。てっきり敵として描かれている「体の大きな者たち」との戦いが終盤入口であって、そこでティゲルファルの「嘘」が暴かれて一悶着…と勝手に思っていたのに、「体の大きな者たち(ザーズ)」との戦いすら最終章でやっと発生するのだ。
あれ?嘘はそのままでいいの?え、本当に?と思いながら信じられないような気持ちでページを捲り…最後のページの衝撃。
嘘はもちろん良くない。ティゲルファルの嘘の積み重ねは、作中ではずっとうまく行っていたように見えていたものの、結局一度嘘をついたら取り返しがつかなくなって転がり落ちるように嘘ををつきつづけるしかなくなってしまった。極めつけは"自分たち"と"敵"を名付けによって弁別したうえでの「ザーズはけもののようなもの、我々とは違う」という"嘘"。
最終的に、それが"嘘"である、と自覚しながら、ティゲルファルは殺人を犯す。そこで終わり。
転がり落ちて転がり落ちて、いずれはプラスに解決するだろう、と正直油断して読んでいた。この本はずっと転がり落ちていって、どん詰まりを悟り、その先の一線を越えて終わるような本だった。その先の解決はない。だって我々人間はいまだに解決してないもんね。
遠い昔の物語にダイブしていたら突然現代に放り出された。そんな感覚になる読書体験だった。とにかく途方に暮れて、そこから色々と考えたくなるような。
読書メーターなどをみていると続編を望むような声もあるが、これは続編はないからこそのこの終わり方なのでは…というような気がしている。とか言って普通に出るかもしれないけど。この先があるとしたら、それこそ一線を越えたティゲルファルが「嘘」と向き合っていく話になるのだと思う。それはそれで確かに読みたいし、あったらあったできれいに物語がまとまるとは思うけど、この独特の途方に暮れる読後感はなかなか良いもので。
私が借りた図書館本にはついていなかったのだが、帯には「ホモ・サピエンスはなぜ唯一生き残ったのか」と書いてあったらしい。まさしくそういう話だったので、納得…。斉藤洋、この機会に色々読み返したい。
