つかのま。

読書と日々考えたこと

金庸『天龍八部』(全8巻)

去年の5−9月にかけて読了していたが、ブログに書きそびれていたのを思い出したので今更書いておく。

『魔道祖師』を読んだ流れで「武侠小説」なるジャンルの存在を知った。最初は『笑傲江湖』が読みたかったのだが図書館になく。かわりに、全巻そろっていて表紙が気になった『天龍八部』を手に取ったのだった。

結論、めちゃくちゃ面白かった。

当初は「金庸武侠小説の代表的作家」「タイトルは仏教由来で云々」「歴史的背景を踏まえて民族同士の衝突が云々」などの前情報ありきだったため、古めでお固めの硬派な作品なのかな?と思っていたが、蓋を開けてみるとひと昔前のラブコメみたいな展開が頻出し、ギャップで大いに面食らった。

以下、一巻段階で出てくるラブコメラノベか??要素
・介抱ラッキースケベ
・裸図が満載の秘伝書
・危険回避のための咄嗟の夫婦宣言
・旦那(仮)がほかの女に抱きついたと思って嫉妬したら母上
・密室媚薬盛り危機一髪状況
・気になるあの子は腹違いのきょうだい

最初の主人公・段誉も、江湖のトラブルに巻き込まれながらも武より文を愛する飄々とした人物で、しょっちゅう誘拐されるような弱さでもいっぱしの義侠心を持ち合わせていて嫌味がない。好感が持てる軽妙なキャラクターだった。

しかし全編そんなラブコメラノベなのではなく、しっかり周囲では民族同士の衝突や差別、亡国の妄執などが重厚に描かれている。温度差。

主に段誉で軽快ラブコメラノベをやって蕭峯で"民族と国家"みたいな話を同時並行で…さらに慕容復で亡国の亡霊もやるし虚竹で坊主なのに女の園の主!?もやる。

漫画的なキャラ造形なのにどっしりがっつり歴史の流れが背景にあり、軽妙軽薄なようでさらさら故事が引用され、大味のようで種まかれている布石が確かにある。

読んでいて大混乱である。こんな小説があるんだ…金庸先生って天才では…!?と今更金庸を"発見"している感覚が面白かった。


山程出てくるどのキャラクターも個性的で印象深かったが、特に一番好きなのはやっぱり段誉かも。主人公たちの中で一番人間くさい感じで、時々ちょっと情けないぐらいなのが作品の明るさにもなっていてとても良かった。


結末まで状況がコロコロとかわり、様々な思惑が複雑に絡み合って先が読めない展開が続いていく。正直、結局どうなったんだっけ?と消化不良な部分もあったりもしたのだが、最後の方の畳み掛けや、単純なハッピーエンドでもバッドエンドでもないような終わり方で、半ば呆然とするような読後感。なんだこれ。

特に慕容復と蕭峯の結末めちゃくちゃ咀嚼したい、最後の方のああすれば不義、こうすれば不孝、でもこれは不仁みたいなところの畳み掛けよ…。"こうあるべき"に押しつぶされてにっちもさっちもいかなくなるような。


独特の読み味がくせになる作品だった。
他の金庸作品も色々と開拓していきたい。