七夕になると読みたくなる本がある。『建礼門院右京大夫集』だ。
この作品に触れたのは高校の古文の授業が最初。「大原詣で」が教科書に載っていた。当時、同じく教科書に載っていた「木曾最期」にやられて平家物語にハマっており、同時代の、平家に縁が深かった人の文章だと知って、その興味から岩波文庫で買って一通り読んだ。確か、記憶が正しければ人生で初めて買った岩波文庫だと思う。
興味の始まりが平家物語だったものだから、同時代をどこかフィクションの物語のように捉えてしまっている部分が多かったのだが、右京大夫集を読むうちに、間違いなく地続きの「過去」なのだと打ちのめされた。資盛をはじめとした平家の公達とのたわいない思い出も、戦乱の世で失われていく辛さも、"その後"も生きていく悲しみも。長い長い詞書のなかでありありと語られる有り様に、右京大夫が、平家の公達たちが、それを取り巻く人々が、確かに生きてそこにいたのだと思い知らされた。
この歌集の中には、七夕の歌が50首ほど収められている。織姫彦星の逢瀬は格好の題で山ほど歌はあれど、右京大夫集の場合は星の逢瀬と資盛との別離が強烈に重ねられるのが印象的だ。年に一度しか逢えないとしても彼らが羨ましい、だって自分はもう想い人に逢うことは叶わぬのだから…。
右京大夫集は詞書というよりももはやそちらがメインのような散文が特徴的で、特に資盛の死に触れるあたりなどはかなり長いが、七夕の歌は「まとめておく」程度に説明があるのみで、淡々と歌が並ぶ。それがかえって印象を深くしており、その物量に圧倒される。本当に何首も何首も詠んでいたのだろう。
そんなわけで、七夕になるとこの本が読みたくなる。
全く関係ない部分ではあるが、星月夜の歌もとても好きなので引用しておく。
月をこそ眺め慣れしか星の夜の深きあはれを今宵知りぬる
